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書き上げた作品に対して


 自分にとって書き上げた作品は、ウェブに投稿するか、公募に出すか、放置しておくかのどれかに類されます。まあ公募に出すのはほんの一部ですから、この際スルーして、今回は「公開」と「未公開」の割合について独り言を。
 ある時期から、書き上げた作品はリストノートに記載(タイトル、書き上げた年月)しています。それによると、「公開」している(あるいはしたことがある)作品が6割、「未公開」の作品(公募に出して落選したまま放置しているのも含みます)が4割ということでした。ちなみに「小説家になろう」に投稿しているのは4割。自分の執筆量の少なさを見破られそうだな……。
 まあ数えてみただけです。それだけ。はい。

 ということで、リストを眺めていると書いた覚えがおぼろげな(汗)短編があったので、校正作業だけ一度だけやって投稿してみました。放置した作品ってのはたいてい、ずっと放置したままなので、過去作をそのままの形で投稿するのは新鮮な経験です。(「砂漠の蜻蛉はなにを喰う」http://ncode.syosetu.com/n0505bk/
 人の目に晒してみると、よく覚えていないような作品でも、いろいろ得るものがあるのですねぇ。
 来春にでも、「未公開」作品を一気に投稿してみてもいいかなーと、ちょっと独りよがりに思案中。たぶん実現しない。

 というかこの作品、気付けばけっこう評価をいただいていて、ファンタジーって「小説家になろう」では不幸せなジャンルなのだなぁと感じとった次第。それとも固定読者様でもついてるんだろうか……。喜んでいいのかこれは。





追記(2013/04/04) 商標ガイドラインの追加につき「なろう」から「小説家になろう」に修正
※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。
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ういなの短編リメイク集:10周年へ向けて

 てな感じの短編集を、9月からテンミリオンのほうにて連載しています。
 テンミリ10周年(10月28日)を記念したリメイク集。
http://www.shiftup.jpn.org/flash/sim/newbbs/patio.cgi?mode=view&no=32617

 今んとこ、2作投稿しています。リメイク・新作1作あわせて13作投稿する予定。はい。28日に間に合うわけがありませんorz
 まあのんびり投稿していくますので、お暇ならどうぞ。
(つーか、こんな偏狭ブログに訪れてらっしゃる時点でお暇なかたな気がぷんぷんします)

 テンミリオン。このサイトがなければ、自分は小説を書く・読んでもらうということを知らないまま終わったでしょう。それくらい大好きなサイト。感謝しています。
 そんな一人企画。テンミリ活性化委員会さんが10周年企画をたてておられるようですが、こんな実験小説(笑)集、こっそりひそひそ堂々とやっていったほうが楽なんです。マーそんな感じで。

はしがき

 皆様の感想返信を拝読していると、最後までひとりよがりに実験に走った自分が莫迦に思えてくる。実際莫迦者なのだろうな。しかし得るものは多かった。あはは。

9月も終わりだなぁ

 9月、終わります。
 空想科学祭の投票が今日までなので、ぜひとも1作でも読んで投票! お願いしたいところ。こんな偏狭ブログで言っても意味ないので、呟く程度に抑えときますが。
(空想科学祭FINAL→http://sffestafinal.kumogakure.com/index-pc.html

 10月からは書くぞー(汗)。
 予定としては、ウェブ企画としては第3回お題執筆会、公募としては日本ホラー小説大賞、創元SF短編賞の各作品を片付けたいと思っとりますが。あと、テンミリ10周年もある。それは既に、テンミリのほうで連載始めてるんですけどね。28日(10周年)に間に合う気がしない……。

 11月からは、今捏ね繰り回しとる構想を形にして、来年にはハヤカワSFコンテストに出したいと思ってますが、さてどうなるやら。
「ム」にいただいたご感想で、「この作者は概念的というか観念的というか抽象的なものだったりことを書く」というものがあったんですが、この言葉に感銘らしきものを受けまして。言われてみればそうだと。「ジュピター」はどうだったかよく覚えてないからあれだけど、去年書いた「ぐだぐだ至上主義」に出てきた“情報体”ってのはもう概念的で観念的で抽象的でしかないね、と。他にも「地球の終末は決して訪れない」の“色”と“可視光線”のくだりなんかは、それっぽく書いてるだけで作者にも理屈が分からないのですよね。自分の書くSFって、こういう色を持っていたんかもしれない。トンデモSFってやつか。なら、それをもっと掘り下げていこうかなぁと。まだ投票期間22時間くらい残ってるのに、こんな感想返信みたいなこと書いてよかったんかは分かりませんが(感想返信&あとがきはゆるり執筆中です)、まあ11月からはその長編頑張る。たい。

 ではまた。


(注:文字サイズをいつもより小さくしてみました。もしかしてこっちのほうが読みやすいかな……?)

どうした8月

 あっという間に8月も終わりです。悲しい。
 なにが悲しいって、まったく執筆できてないんです。予定よりも20日分ほど遅れをとっています。悲しい。
 ある地方公募に出す作品がね、1万字程度の短編なので、2日ほどあれば書けたはずだったんですけどね……。なん日かかったんだろ。20日くらい……うん。悲しい。
 原因は分かっています。プロット固めすぎたんです。がちがちに、シーンひとつひとつ、その分量配分にいたるまで。というのも、去年、プロットを固めすぎて最後まで書けなかった経験があるんですが、もう一年も経ったんだ、一年分の成長がうんたらかんたらで今なら書けるさと、固めてみたんです。無理でした。悲しい。
 行き詰ったときに読もう、と思って買ったまま放置していた、保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』をこの際読みまして、プロットを破棄する決心がつきました。そしたら書けるのなんの。一気にラストまで書ききれてしまいました。悲しい。
 まあそんな感じで、助かったことに特に矛盾点もなく、つい今日、郵便局に持って行きました。はい。悲しい。

 まあそんなこたぁどうでもいいんです。もう送ったんです。悲しい。
 ってかさっきから「悲しい」しか言ってないじゃないか。悲しい。


余談)
 この記事で、ハヤカワSFコンテストの話とか空想科学祭の話とか書きたかったんですけど、この記事を書いている途中、ちょっと手元が狂って全文消してしまいまして……。以上のように書き直したのですが、他のことについて書く元気もなく。また今度、ということにします。どうせ誰も読んでない、偏狭のブログなのだし。悲しい。

2012年 後半執筆予定

 8月になりましたねー。暑いですねー。気力が溶けていくー。イヤァ(割と切実 涙)。
 7月初めに長編を書き上げてから(ムにあらず)、なんだかだらけてます、自分。いい加減次の長編に取り掛かりたいのですが……。

 というわけで、とりあえず今年(後半)の予定を羅列しておきまする。目に見える形に纏めることで、「お? 書かないとヤバいんじゃね……?」と自分を奮起させる作戦。いざ。
 上から下の順に取り掛かる。


・夏ホラー2012(小説家になろう)に出す予定の掌編「ずっと一緒」(仮題)8月5日までに書き上げる。
・《第47回 北日本文学賞》に出す作品の構想を纏めて、8月10日までに書き上げる。
・《第20回 日本ホラー小説大賞》に出す予定の短編「(タイトル伏せる)」8月中に書き上げる。
・去年の末からあたためている推理物長編プロットを、9月が終わるまでに本文に起こす。(できればメフィスト賞に出す)
・テンミリオン10周年記念に、総計100ページ分(400字詰め原稿用紙200枚程度)の短編集を投稿する。期限:10月28日
・《第4回 創元SF短編賞》に出す予定の「(タイトル伏せる)」を今年中に書き上げる。
・《第20回 電撃小説大賞》に出す長編2つ(うち1つは既に完成)を、今年中にできるだけ形にしておく。



 ……と、予定はこんな感じ(汗)。割とこの8月が勝負どころ。でもあづい(涙汗)。
 メフィスト賞に出して、講評をもらうのがとりあえずの目標。でも原稿用紙350枚以上の壁がわりと厚い。
 今年の3月に340枚のものを12日間で書いた覚えがあるのですが、正直サイアクの出来……。
 しかも12日間ってまわりを見る限りあんまり速くない……。というかプロット通りにやったら350枚いかないよ! 要改善。

 あと、予定にはないけど、講談社のショートショートの公募も出したいところ。でも応募要項確かめるために雑誌買わないといけないからな……。どの賞もたいていそうだけど雑誌買わないとだもんな……(面倒くさがり)。

 去年の今頃は長編に3ヶ月もかけてたと思うと……。しみじみ。あづい。

「小説家になろう」に、SF長編「ム」を投稿してました。数日前に。
 この作品で、《空想科学祭FINAL》というSF企画に参加しています。

「ム」はこちら→http://ncode.syosetu.com/n6504bh/

☆企画サイトはこちら☆




 ヘンテコな作品に仕上がりました。
 ちなみに、以前「はじめましてと60日間。」という記事を書きましたが、そこで「35日間で書いた」とかいってるやつがこの作品です。まーそれはともかく。
 最近楽しい作品書けないなーと思ってて、この作品もあまり楽しいとは思えないのですが(おい)、既に感想を2つもいただけて嬉しい限り。さすがは空想科学祭。
 企画って長編でも読んでくれるのがすごい!

 ではでは。


 追記:企画終了後(10月)に、企画サイトの掲示板にて後書きを載せる予定。あくまでも予定ー。

「個性的」と「奇を衒う」

 ちょっと雑記。

 人によるでしょうが、作品を組み立てる際、ほとんどの方が「普通と違う、自分だけの」作品を目指そうとするんだと思うんですよね。では「普通と違う」とはなんなのか。「自分だけの」とはどういったことを指すのか。
 まず前置きとして、「自分だけの」は「普通と違う」に内包されていると考えて話を進めますね。檜や松が「木」に内包されてるみたいな感じです。一応。
 んで、「普通と違う」作品を起こす方法は、大まかに2種類あると思うんです。

 それが、「個性的」と「奇を衒う」。

 まず「奇を衒う」を自分なりに述べますと、「他のものと比べたうえで、他のものと異なるもの」って感じになります。例を挙げますと、最近流行り(?)の「僕の○○は□□~」系のタイトルで、主人公を僕っ娘にしたりだとか。近ごろ長いタイトルが多いなぁと思ったのなら、いっそのことタイトルを1文字だけにしてみたり。童話をみんなで書こうというとき、子どもには理解できないような設定(法律など)を入れたりだとか。(実は自作語りだなんて口が裂けても言えないw)
 こういうのって、その「他のもの」があるからこそ成り立っているんですよね。マイナー嗜好とかいうやつもそうです。メジャーがあるからこそマイナーが光る。そういう作品を僕は「奇を衒う」作品だと思っています。(※マイナー=「奇を衒う」という意味ではないです。むしろ逆な気がします)

 では「個性的」とはなんなのかといえば、「他のものと比べられない異なるもの」って感じなんだと思うんです。こうだからこう、ではなくて、ただそこにあるというような。例を挙げると、梶井基次郎の『檸檬』や、フランツ・カフカの『変身』でしょうか。「みんなは画集の上に檸檬なんて置かなかったから、自分は置いちゃうぜよ」とか、「朝起きてみてもみんな人間のままだから、ザムザは毒虫になってみたよ!」とかそんなわけないですよね。これは「みんな」と比べているのではなくて、ただ「檸檬を置いたり」「毒虫になったり」しただけ。みんながしなかったからしたのではないんですね。

「個性的」も「奇を衒う」も、どちらも「普通と違う」に属します。けれども、「自分だけの」に入るのは、「個性的」だけなんじゃないでしょうか。「奇を衒う」は、他のものがあってこそ成り立つ、つまり、元よりある尺度に従わないといけなくなるんじゃないかな、と。身長とか体重とか、ヒトが世界で自分ひとりだったら気にしませんよね。比べるものがないのですから。

 まあ「奇を衒う」作品というのも、その設定を深く深く掘り下げていったなら、他のものとの溝が大きくなって、「個性的」に至るような気もします。世界観ってやつですか。
 それに、「個性的」だから良い作品だとも限らないわけですよね。むしろ個性的だから読めない、とかいわれたりもするでしょうし。あれ、つまるところ僕はなにが言いたかったのだろう……。
 すんごい偏見で言いますけど、僕は「奇を衒う」と「個性的」では、「個性的」なものを作るほうが楽しいです。ですけど実は、読んでて楽しいのは「奇を衒う」ほうだったりするんです……。


 以上、ここ半年間ほどの活動で思ったことについての雑記でした。

第19回 電撃小説大賞

 一次選考の結果が発表されたようですね。知ってる方の名前を見つけたときの、妙な嬉しさはクセになります。

 僕の名前はありませんでした。……というと、まるで落選したみたいですが、そもそも出してませんでした。
 第18回のときと同じく、作品は書き上げていたのですが、どうしても出す踏ん切りがつかなかったのです。こんなものを出すなんて無礼だ、そんな気持ちが先行してしまうんですよねー。そもそも自作品を貶すこと自体、他者に対しても無礼であるとは思っているのですが、思っているだけの状況。
 考えてみれば、僕には「代表作」だとか「自信作」とかいえるものがひとつもありません。誰がどう言ってこようと自分の作品には駄作の骨頂だとでもいうような扱いをしてしまいます。まあ、それが僕のスタイルですし(?)、いくら駄作であろうと書いてて楽しいのは事実なので。

 まあ最近は、自分のそんなスタイルとも向き合えるようになってきたかなー、と思っています。第19回 電撃小説大賞を逃したあたりから。
 そういえば、第7回『幽』怪談文学賞は、一次選考の結果って発表されるんでしょうかね。

 まあそんな感じで。
 ではでは。

はじめましてと60日間。

 長らく放置していた本サイトですが、このたびブログとして昇華しました。作品倉庫の面影もなにもないです。

 ということで、自作についてしばし語ります。
 昨日(2012年7月6日)、長編を1作書き上げました。6月11日に書き始めたので、25日かかったことになります。ちなみに、5月7日から6月11日までの35日間、ある企画に提出する長編を書いていました。ので、2作品合わせて、ちょうど60日かけたことになります。平均的な執筆速度であると自負しております。自負しててもしょうがない。もうちょっと速くしたほうがいいなぁ。

 で、思ったのですが、僕はどうやら「日常系」の作品が苦手のようです。読むのはともかく、書くのが。
 というのも、この長編、トンデモ本さながらのラストになってしまったのです(ネタバレ/公開する予定ないから別にいいか)。まっとうに「日常系」を書いていたはずが、ラストの2小節でいきなり、プロットをぶち壊してしまったのです。例えるなら、かきふらい『けいおん!』のような作品が、ラストで小松左京の『果しなき流れの果に』のようになってしまったのです。
 僕が自分の作品に求めているのは、「異様性」なのではないか、と改めて感じました。日常を書くにしても、近未来の若者たちの現代とは異なる様子であったりとか、異世界からこの世界に迷い込んできた少女が馴染めないまま日常を体験したりとか、実際のところは(読者・作者の立場からすると)日常からかけ離れた世界。そういうものを、僕は無意識的に求めているのかもしれません。ともかくどうであっても、僕は「日常系」の作品を書くのが苦手だ。そういうことに気付けただけ、今回の執筆は役に立ったようです。
 ちなみに今回、「人が死なないように」と意識して書きました。その甲斐あって、ようやく死人の出ない長編を書き上げることができました。実を言うと、僕は今まで、人の死なない長編を書いたことがなかったのです。その面でも、今回の作品は、大いに練習になったといえましょう。
 この長編は、とりあえず寝かせておいて、今度の本命でないほうの公募に出そうかと思います。
 
 ではまた。

管理人

小伏史央(こぶせふみお)

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