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人差し指と中指と薬指

きょうは、すとれすで
みぎてのゆびがさんぼんも
感覚
がなくなるたいけんをし
ました。たのしかったです。

でも、またろくおんきをつかうのを
わすれた
のは、かなしかったです。
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追記

神は人間と契約をする。
 ゆえに神は完全なる部外者である。
 いいや、ちがう。に対して問うが、あなたは自身と契約を交わすことがあるというのか?
(家族もまた部外者に他ならないのだ)

「言葉」というクオリア

※あくまでも以下のテクストはフィクションです。

 以前、ある知識人的な方から、こんな問いかけを受けました。

 ――神がくださる永遠の愛、という言葉は、おかしくないか。神はこの永劫のときのなかで、宇宙が作られてから宇宙が滅ぶより先のことまでを知り尽くしておられるはずであるのに、たった人間の一生ごときの短い期間の罪で、地獄に送ってしまうものなのか。だとしたら神とはなんて自分勝手で慈悲のない存在であるのだろう、そしてもし神が慈悲深い存在であるのなら、神はもはや全知全能ではないということになる。人間が罪を犯すか、犯さないかということも全知全能であるなら知っていてしかるべきだからだ。神なんて矛盾だらけだ。教えてくれ、神はすべてを知っているうえで、人類を玩具にしている悪魔なのか、それとも、神はすべては知らない無能者なのか。

 私は唯一神のことは創造主としか思っていません(つまり信じている)。だからどうにも、彼の論旨には、未来のことなんて知るかボケぇ、という感想しか抱けなかったのですが、彼の語りの巧さもあり、こういう考え方もあるよなぁ、ちゃんと説明できるようにならないとなぁ、と自省したわけでもあります。
 そのときはとりあえず、「神はなんでも知っていると思いますよ」と適当に流したのですが、流すと同時に、心のなかではひそかにひとつの回答を見つけていました。あまりかかわりたくなかったので、彼自身に話すことはなかった、というか、いまこのブログを書くまで胸の内に置いておいた(決して秘めているわけではない)のですが。
 まあなにが言いたいかというと、神が全能か無能かを語る以前に、「神がくださる永遠の愛」、という「言葉」のほうを、疑ってかかるべきなんじゃないのかなぁ、と思ったりするわけです。

 さてさて、前置きが長くなりましたが、今回は「言葉」の話です。
(先に申し上げておきますが、私は決して、宗教批判がしたいのではありません。宗教無宗教にかかわらす、「言葉」に支配されてしまっている人間というものを、いぢめてやりたいのです)

 言葉はすべて多義的です。「はり」だけ聞いて、「針」という意味も、「張り」という意味もありえます。そういう同音異義語の類だけでもなく、文脈によっても意味は変わってきます。「きみは針だ」と男が発音したとして、そのパロールは対象がなにであるかによって異なるはずです。針に向かって、「きみは針だ」といっているのならば、それは少々おかしな言動ではありますが、事実を述べているのに対し、人に対して、「きみは針だ」といっているのならば、それは「きみは針のように鋭い人だ」、とか、「きみは針のように危険な人だ」、とか、比喩になっていきます。しかもその比喩も、針のようになんなのか、というものは、文脈や使う人、つかわれる人によって、さまざまです。
 それだけではありません。「オレンジ」という単語ひとつの概念にしても、意味は多様に拡がっているものです。まず、地域や国によってオレンジのもたらす意味は異なってきます。オレンジとは果実の一種である、という共通している概念があるだけで、たとえばオレンジの栽培が盛んな地域では、「オレンジ」という言葉に「うちの地域からよく出荷される果物」という意味が加わります。他の地域から見たらわけわからない意味ですね。しかしその地域では違和感なく通用する意味なのです。私のような、「オレンジ」をある意味神聖視している人間もいます。そういうよく分からない人間にとっての「オレンジ」と、「オレンジ」を単なる果実の一種としか考えていない人間の間には、意味において大きな溝ができているものです。
 要するに、言葉というものには、それを有する人間の「歴史」によって、まったく多様な様相をしているものなのです。蓄積される知識や経験、道端でふと耳にした雑音、そのような些細な違いから、人生というものは構成されています、そしてそれは、「言葉」の意味と密接につながっているのです。
「言葉」というクオリア。人間は「言葉」を使っている限り、イデアの言葉を認識することはできません。言葉は常に多義的であり、決してたったひとつの意味に収束する言葉なんてものは存在できない。SF的あるいは純文学的に表現すれば、塔のくずれたときから、人間は神の言葉を聞くことができなくなったのです。

 この自覚は、同時に聖書への疑念を生み出します。それは実際のところ、聖書そのものに対する疑念ではなく、聖書を読んでいるあなたに対する疑念です。聖書は、「言葉」に支配されている限りは、教典というには不充分に思えて仕方がない。そしてそれはつまり、人間なるものが、まったくもって不完全であることの論拠にほかならないのです。
 さあ、イデアの言葉を――。「本当の意味」での統一言語を。
 宗教を捨てた先にある神の姿は、とてもいごこちのよいものですよ。

高橋しん『最終兵器彼女』について

※以下、『最終兵器彼女』のネタバレを含みます。充分にご注意ください。




 セカイ系、というジャンルがある。ゼロ年代の台頭、個のなかに世界を見出した逃避のテクスト郡である――。
 その代名詞とも呼べる作品が、漫画『最終兵器彼女』なのであるが、この作品でえがかれるのは徹底してシュウジちせならびにその周囲の「人間」であり、国の対立、戦争、というものは、語られない。結局なにと戦っていたんや……。というのはおそらくほとんどの方がいだかれた感想だろう。
 えがかれているのは結局のところ恋愛物語に帰結されるのだから、そしてそれこそがセカイ系といわれる所以なのであるから、舞台背景について言及するのは野暮というものだ。しかし野暮なのを承知で、戦争の相手はなんだったのか、という疑問について言及するならば、個人的には答えが出ている。それは、地球そのものではないか。
実を言うと地球はもうだめです。
突然こんなこと言ってごめんね。
でも本当です。
 ちせが偶然に戦争に巻き込まれ、人間たちが死に絶えていくなか、地球もまた大きな変動を遂げている。それはちせたちの境遇とは違い、偶然とは思えない。作中にも、ガイア説を思わせる叙述が含まれている(たしか最終巻あたりに。確認し次第具体的にどこであるか書き加えておきます)。
 そしてこれは発想の飛躍になるが(作品の範疇から逸脱し、個人の主観として作品を“娯読”することになるが――)「人間」もまた「地球」の一部に他ならないのであるから、地球がおのれを治癒
するのであれば、「人間」が動き出すのもまた道理。地球の意思によって、人間は戦争をおこし、そして滅びたのではないか――地球の治癒作用によって。
 ……まあ、なんにせよ良いSFですよね。そして良い恋愛。

メモ:混沌

わたしはSF至上主義者である。
 正直なところ(いや、白状ではなくある種の露見を取り繕う形においての――)わたしは詩や小説について一切理解していない。詩とはなにか。小説とはなにか。発展を目指しているのかそれともただ保守的であるだけなのか、その定義やらという「とは」というそれがなぜ効力を持ち続けているのか、という問題である。
 たとえばわたしは小説と詩の(詩と小説の)違いが分からない。例外はさておき、詩、というものも、小説、というものも、文字、という存在に支配されている(例外はさておき)。
 柄谷行人がなぜ梶井基次郎が詩人ではなく小説家として認識されているのか苦言というものを呈されていたが)(ところでわたしは綾辻行人が好きであるがあら下の名前が同じなのね(これは草稿に他ならない)。
 ところでわたしが常々感じていることは、「文学は卑しいものだ」ということであるがところで文学というものは読んで字のごとく文によって問われる一連の流れである。フォンテーヌ通り42番地において遊びであったいわゆる実験が、なぜ現代ではこうして胸を張って実験であると称されているのかわたしには理解が及ばない、そこにあるのは遊びではないのか、醜い遊び、それが文学ではなかったのかそしてそれが唯一の「文字の支配」から逃れる方法ではなかったのかしかしてその先に見えるものはオレンジジュースの雨、甘ったるい文字の洪水が起きているに違いない。なおこれは草稿である。
「おお、主よ、わたしが行きます。
  と言うと炭を持ったセラピムが、
   わたしの唇に火をかさねた。」夢。
 この話をわたしが最も好むのであるその理由というものはすなわちつまりあるいはアヒルはぐえーと鳴くのかもしれない。「文字の支配」から逃れる、あるいは戦うにおいて、重要なのはなにか。それは決して命を守ることではない。勝利において命が枷になるのであれば命を捨てることも厭う必要はない、しかし必ず勝利をおさめた後には生き返らねばならない。たとえ勝利を虚構のなかに押し込める結果になったとしても。
 さて、ここで文章の意味というものは第一行目に立ち返ることができる。「わたしはSF至上主義者である。」では、SFとは、なにか。――わたしがSF至上主義者であるのはここに重要な理由が置かれている。SFに「とは」を付するのは面白いほどにナンセンスなのだ。
 SFとは“未来に対する即応の逃避文学”である。というのは、アシモフの言をわたしが好きなように要約した言葉である。ありがちな偏見としてSFとファンタジーを同一視するものが見られるが、ファンタジーが過去へ逃避するのに対し、SFは未来へ逃避する。それも、未来の“現実”へ逃避するのだ。それは結果的に逃避にはなりえていない。

「SFのあまりにも過多な多様性は、しばしば評論家を混乱させました。あなたが〝純粋なSF〟を区別したいと考えられたのも、そのためだと思います。あなたも指摘しておられたように、SFの中にはどぎつい通俗読物から、前時代的な怪物から、宗教的主題から、推理小説的な内容から、〝文学的にすぐれたもの〟までもりこめるのです。私自身、この「何でもカンでもSFにしてしまえる」このSFという文学形式に、当初は呆然としたものです。SFの形をとれば、いわばあらゆる文学をパロディ化することができる。従来の文学形式で表現できた主題は、ことごとくSFで表現し得る。
 しかし、この関係は可逆的ではない――この点に関する分析はあまりに長くなるのではしょることにして、次の点だけ指摘しておきましょう。SFの視点にたてば、あらゆる形式の文学を、――神話、伝承、古典、通俗すべてのものを、相互に等価なものと見なすことができる。このことはやがて〈文学の文学性〉を、実体概念でなく、機能概念として見る見方に導く。」
(巽考之 編『日本SF論争史』(勁草書房)収録 小松左京「拝啓イワン・エフレーモフ様」より ※小松左京『宇宙にとって人間とは何か―小松左京箴言集』PHP新書 より孫引き)

 なぜ、詩は、小説は、
 文字なんてものに支配されてしまうのだろう。

 詩(portrie)や小説(nobel=原子番号102)が目の前にあったとして、それらを「文学」に集約するとして、

 ところで実験小説、とか、実験詩、というものがあり、
 それらは確かに「実験」とは冠されているが、
 果たしてエビデンスレベルはいかほどなものだろう?
(ところでここからが重要になるのだが、
 この「実験」は、たとえ失敗という結論が導かれたとしても、
 それが文字に支配されている限りにおいて、
 作品、が書きあがったという成功は決して消えはしないのである。)
 なんて効率的なことだろう!

 難しいことを考えるよりも先に、実験、とでも称して、他人に怒られようが自分で破ってしまう衝動に駆られようが、
 ただ書けば良いのである。品質を問わない大量生産。ユートピア。
 +ただし、その考えでは向上性に欠けることを指摘しておく。

 SFを書こう。
 SFは詩たりえる。そして小説たりえる。
 溢れかえるまで。SFはすべての交差点において存在しうることができる。

 しかしてこれは草稿である。

【サイコロ200文字小説】月面のクリスマス

執筆過程:
その1その2その3



本文:
 離せなくても良い頃のような、なにか。味とは思い出せない首。おかしい。
 辛辣にクレーターは言った。「いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。あると思うまでもう微妙なのだ」
 本来動かないはずのヒトが這い出てきた。彼女だ。「氷はいくら」二〇一一年、捉え様では久々に。月は過ぎてしまった。血のハーモニーが、手を二等分に陣取る。それが好きだ。皆無で、一組も生き残って、暗闇のクリスマスをきっと飲み込んで。



備考:
「小説家になろう」に重複掲載。
 概要は上記の執筆過程を参照のこと。

※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。

サイコロ小説 その3(完成) 「月面のクリスマス」

サイコロ小説(制作過程) その1

サイコロ小説(制作過程) その2

 以上の記録のとおり“サイコロ小説”を試してみたのですが、
 今回、その第1作目を完成させました。いい加減どれだけ時間食うつもりなの、とも思っていたところですし。

行き詰ったときの解決策、
→放棄しちゃう。

 あくまで一例ですが、この解決策、自分は信奉しています。
 ということですので、制作過程その2、であれこれ捏ねくっていた推敲談はほぼ無視しました。
「小説家になろう」の新規小説作成ページを利用して、文字数とにらめっこしながら、単語や文を入れ替えたり助詞を書き換えたり。自動記述したあとの推敲と同じようなもんですね。あまりに短い文章なので、理論で考えるよりフィーリング一本で推敲したほうが案の定ラクでした。

 文章が短い(というか一文ごとにかかる労力がひどい)のが、今後の課題かな、と思います。どうにか効率化できないものか。サイコロの振り方にも、頭を使わなくてはならないですね……。あるいはサイコロに固執せず、なにかランダムに単語を抽出するような方法を探ってみるのもいいかもしれません。(でもそうしたら“サイコロ小説”じゃなくなっちゃうな)

ということで、
「離せなくても良い頃のような何か。味という思い出せない首はおかしい。辛辣なクレーターは言った。いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。 あると思うもうまで微妙なのだ。本来動かないヒトが這い出てきた。いくら氷。二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。彼女。血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」
 サイコロで作られたこの文章を推敲して、題して「月面のクリスマス」が、完成しました。

月面のクリスマス
 離せなくても良い頃のような、なにか。味とは思い出せない首。おかしい。
 辛辣にクレーターは言った。「いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。あると思うまでもう微妙なのだ」
 本来動かないはずのヒトが這い出てきた。彼女だ。「氷はいくら」二〇一一年、捉え様では久々に。月は過ぎてしまった。血のハーモニーが、手を二等分に陣取る。それが好きだ。皆無で、一組も生き残って、暗闇のクリスマスをきっと飲み込んで。
                          ‐了‐

 というわけでした。なにげに200文字ジャストにしてみたり。
 近いうちに「小説家になろう」のほうにも載せておきます。200文字小説でもある、というのが、ある程度クオリティ的なフォローになっている気がする。

 ではまた。


※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。

サイコロ小説(制作過程) その2

その1← →その3

 今更ながら、36文字×36行6ページで二度のサイコロ掛けるよりも、18文字×18行18ページで、三度のサイコロを足したほうが確率的には信用度が高いんじゃないのかとか思えてきた。サイコロの目を掛けるんじゃあ、7以降の素数とか27とか出ない値があるわけだし。次回からはそうしよう。
(実験小説にエビデンスレベルを求めるのはお門違いってものさ)

「離せなくても良い頃のような何か。味という思い出せない首はおかしい。辛辣なクレーターは言った。いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。 あると思うもうまで微妙なのだ。本来動かないヒトが這い出てきた。いくら氷。二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。彼女。血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」

 さてさて、これを推敲するということだが。
(えっなにこの文章いみわかんない)

■文章の方向性を定める
 普段は勝手に定まっているものだが、文章には「はじまり」と「おわり」があり、またいくつかの要素がある。その一連の流れを定めておけば、推敲するうえでぶれにくくなる。文章を書き上げてからプロットを作っているような印象だろうか。

 (1)舞台を決める
 方向性を決めるうえで、まず、具体性の高い単語を探してみる。本文を見たところ、「二〇一一年」「クリスマス」というふたつの単語が、この曖昧な文章のなかでは意味の捉えやすい言葉に思う。このふたつにならって、時間的背景を「二〇一一年のクリスマス」とする。次にまた本文を見てみると、「クレーター」 という単語がある。クレーターとは「火山噴火や隕石などで環形にくぼんだ地形のこと」だ。本文には「クレーターは言った」と書かれているため、クレーターが登場できる舞台が必要かと思われる。少なくとも地面は必要だ。地球や月や火星などのように地上がある星が舞台だ。ここでは便宜的に、空間的背景を「月」 とする。したがって時間的空間的を合わせて、本文の背景は「二〇一一年クリスマスの月面」ということになる。これで舞台が決まった。

 (2)登場人物を決める 失敗
 ストーリーが進むには基本的に登場人物が必要だ。今度は本文から、登場人物となりえる単語を探す。「クレーターは言った」とあるので、おそらく「クレー ター」は登場人物だろう。地形そのものを生命体とみなすガイア的ななにかだろうか。あるいは「クレーターは現状を物語っている」というような擬人法かもしれない。「彼女」という代名詞も窺える。また、「思い出せない」「好きだ」などの主体が誰なのか、ということもある。「ヒトが這い出てきた」という叙述も見受けられる。登場人物になりえる要素が多く、そう簡単には決めがたい。

 (2)′ストーリーを決める
 登場人物を決めるにはまずストーリを決める必要があるらしい。本文から汲み取っても埒があかないため、(1)で決めた舞台をもとに、ストーリーを展開し ていく。「二〇一一年」といえば震災があげられる。また、その一週間後にはスーパームーンがあり、12月には皆既月食があった。「二〇一一年」「クリスマ ス」「月」をすべて満たしているのは、この皆既月食だろう。そこで勝手に設定を考えた。時は二〇一一年、12月。この年の3月に日本で大きな震災があり、それにつらなる災害から避難しようと日本列島を出る者があった。多くは海外へ移住するが、ことに、一部の人間は月へと避難した。月に移り住んだ人間たちは 奔走し続けながらも生活し、もうすぐ移住後はじめてのクリスマスを迎えようとしていた。彼らは地球とも連絡を続け、互いに様子を確かめ合っていたが、ある日、皆既月食が訪れる。その数分間は地球との交信が途絶え、月は孤独な星となる。そのとき、クレーターが意識を目覚めさせた。本文はその様子を描いたもの である。
 ……なとと、設定を捏ねくってみたものの。これをバックに敷いて、推敲を施してみる。なお、この「方向性」というものは作者的な背景にすぎず、この設定を本文に叙述する必要はない。あくまでも指針である。


■文や単語の順番を入れ替える。

「離せなくても良い頃のような何か。味という思い出せない首はおかしい。辛辣なクレーターは言った。いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。 あると思うもうまで微妙なのだ。本来動かないヒトが這い出てきた。いくら氷。二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。彼女。血のハーモニーが、手 を二等分に陣取るのが好きだ。皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」



‐‐‐‐‐‐
 と、いうところで文章は途切れている。テキストの更新日付は4月1日。それから中途なまま放置していたわけだ。とりあえずここに載せておくとして、その3はいつ載せられることやら……。
 でもこれ面白そう、と読み返してみて思うのだった(汗)。

その1← →その3

サイコロ小説(制作過程) その1

その2

■一文目

「小説家になろう」に掲載されている丁史ういなの作品のあらすじを、古いもの順で原稿用紙にコピー、ペーストする。このとき、原稿用紙は36文字×36行に設定し、作品ごとに改行する。55作品すべてをペーストすると、この原稿用紙で4枚の分量になる。
 まず、一度サイコロをふる。「5」がでたため、一文目は「5つの文節」で作られることが決定される。

 5つの自立語は、以下の手順で決定される。
一、サイコロを一度ふる。出た目がページとなる。(一文目ではページ数が4つしかないため、5か6が出た場合はやり直す)
  そのページの上枠をx軸、右枠をy軸として、マスを点にみたて、ページ全体を一般的な座標平面でいう第3象限のようなものとして扱う。
二、サイコロを二度ふり、出た目と目を掛ける。その数字に-1を掛けた値(つまり-を付けた数字)がx座標となる。
三、二と同様の作業をする。出た値がy座標となる。
四、求められた点にある単語を別の原稿用紙にペーストする。単語が二文字以上である場合は二文字以上のそのままで抽出する。また、該当する点にある単語が付属語、記号、空白である場合は二からやり直す。
五、はじめに決められた自立語の数(一文目では5つ)だけ一~四を繰り返す。
六、不自然のないように助詞などをつける。

「4ページ」‐「2×5=10」-「6×3=18」で「―」記号やり直し
-「2×5=10」-「3×3=9」で「を」助詞やり直し
-「5×1=5」-「6×3=18」で「離せ(ない)」(1)
「4ページ」-「6×2=12」-「6×2=12」で「いい」(2)
「2ページ」-「2×2=4」-「2×1=2」で「ころ(頃)」(3)
「5」ページやり直し
「6」ページやり直し
「1ページ」-「6×4=24」-「4×3=12」で「(その)よう(な)」(4)
「2ページ」-「1×6=6」-「1×2=2」で「の」助詞やり直し
-「4×5=20」-「5×1=5」で空白やり直し
-「1×5=5」-「1×1=1」で「何か」(5)

 (1)~(5)をつなげて、「離せいいころよう何か」
 書き加えを施し、一文目を「離せなくても良い頃のような何か。」とした。


■二文目

「小説家になろう」に丁史ういなが掲載している長編3作を、古い作品順に、一部ごとに交代して36×36原稿用紙にペーストした。「ぐだぐだ至上主義」〇〇一→「妖精が創った人形」プロローグ→「ム」ム(0)→「ぐだ~」〇〇二→「妖精が~」第1章の一.→……といったようにである。これを6ページを満たすまで続ける。
 そして一文目と同様のことをする。二文目の自立語は「5つ」と決まった。

「1ページ」-「2×1=2」-「2×6=12」で「味」(1)
「4ページ」-「6×3=18」-「2×5=10」で「いう」(2)
「1ページ」-「1×4=4」-「2×4=8」で「だ」助動詞やり直し
-「1×3=3」-「3×4=12」で「は」助詞やり直し
-「6×1=6」-「4×3=12」で「思い出せ(なく)」(3)
「1ページ」-「4×1=4」-「2×5=10」で「。」記号やり直し
-「6×1=6」-「1×5=5」で「首」(4)
「3ページ」-「1×1=1」-「2×6=12」で「だろう」助動詞やり直し
-「6×1=6」-「2×4=8」で「(惑わされ)ない」助動詞やり直し
-「4×5=20」-「2×1=2」で「おかしい」(5)

 つなげて、「味いう思い出せ首おかしい」。
 書き加えて「味という思い出せない首はおかしい。」わけわからん。


■三文目

 今度は、拙作「ジュピター」を使用。同様。
 文節は「3つ」

「2ページ」-「5×5=25」-「3×4=12」で「た」助動詞やり直し
-「1×3=3」-「1×4=4」で「辛辣な」(1)
「1ページ」-「3×2=6」-「3×6=18」で「クレーター」(2)
「6ページ」-「1×2=2」-「2×4=8」で「。」記号やり直し
-「5×1=5」-「6×3=18」で「言っ(て)」(3)

 つなげて、「辛辣なクレーター言っ」
 書き加えて「辛辣なクレーターは言った。」擬人化かよ。


■四文目

 次は拙作「てんたん!」。同様。
 文節は「5つ」

「5ページ」-「4×5=20」-「4×5=20」で「いな(かった)」(1)
「4ページ」-「4×5=20」-「3×6=18」で空白やり直し
-「3×2=6」-「3×4=12」で「だ」助動詞やり直し
-「4×5=20」-「2×6=12」で「まるで」(2)
「4ページ」-「1×5=5」-「3×1=3」で「もう」(3)
「3ページ」-「5×4=20」-「5×4=20」で空白やり直し
-「1×4=4」-「1×5=5」で「、」記号やり直し
-「2×1=2」-「3×6=18」で「も」助詞やり直し
-「3×5=15」-「2×6=12」で「」」記号やり直し
-「3×4=12」-「6×5=30」で「。」記号やり直し
-「6×3=18」-「2×5=10」で空白やり直し
-「1×5=5」-「1×2=2」で「…」記号やり直し
-「3×2=6」-「3×6=18」で「なか(った)」(4)
「4ページ」-「3×2=6」-「1×5=5」で「から」助詞やり直し
-「4×5=20」-「2×1=2」で空白やり直し
-「4×6=24」-「5×2=10」で「考え(ていた)」(5)

 つなげて「いなまるでもうなか考え」
 書き加えて「いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。」何がなかったんでしょうねー。というか3ページは鬼門(涙)


■五文目

 「スーアサイドストーリー」。同様。
 文節は「6つ」

「3ページ」-「2×1=2」-「5×1=5」で「ある」(1)
「4ページ」-「1×2=2」-「4×6=24」で空白やり直し
-「2×3=6」-「4×1=4」で「、」記号やり直し
-「2×1=2」-「3×6=18」で「思う」(2)
「5ページ」-「4×5=20」-「5×1=5」で空白やり直し
-「6×1=6」-「1×3=3」で「が」助詞やり直し
-「2×5=10」-「4×4=16」で「もう」(3)
「6ページ」-「6×1=6」-「3×6=18」で「シャワーカーテン」(4)
「1ページ」-「3×4=12」-「4×3=12」で空白やり直し
-「2×4=8」-「4×4=16」で「を」助詞やり直し
-「3×2=6」-「6×4=24」で「まで」(5)
「4ページ」-「4×2=8」-「2×3=6」で「微妙な」(6)

 つなげて「ある思うもうまで微妙な」
 「あると思うもうまで微妙なのだ。」


■六文目

 「地球の終末は決して訪れない」同様。
 「4つ」

「2ページ」-「2×3=6」-「4×4=16」で「た」助動詞やり直し
-「4×4=16」-「2×5=10」で「本来」(1)
「3ページ」-「5×5=25」-「5×2=10」で「に」助詞やり直し
-「1×3=3」-「2×3=6」で「に」助詞やり直し
-「2×6=12」-「4×4=16」で「、」記号やり直し
-「3×5=15」-「6×4=24」で「は」助詞やり直し
-「1×6=6」-「5×6=30」で「動か(なく)」(2)
「2ページ」-「6×5=30」-「1×5=5」で「ヒト」(3)
「2ページ」-「4×3=12」-「2×1=2」で「這い出(て)」(4)

 つなげて「本来動かヒト這い出」
 書き加えて「本来動かないヒトが這い出てきた。」3ページは鬼門


■七文目

 「第ゼロ章」同。
 「2つ」

「1ページ」-「2×4=8」-「6×5=30」で「いくら」(1)
「1ページ」-「5×6=30」-「5×6=30」で空白やり直し
-「4×6=24」-「6×3=18」で空白やり直し
-「2×3=6」-「2×6=12」で「―」記号やり直し
-「5×4=20」-「1×3=3」で「、」記号やり直し
-「1×2=2」-「1×5=5」で「氷」(2)

 「いくら氷。」このままでいいか。


■八文目

 「年越し掌編集2012」収録作の本文を順に6ページまで。同。
 「5つ」

「2ページ」-「3×2=6」-「3×2=6」で「二〇一一年」(1)
「1ページ」-「6×6=36」-「6×4=24」で「捉え様」(2)
「2ページ」-「4×2=8」-「5×3=15」で「から」助詞やり直し
-「3×1=3」-「6×4=24」で「久々に」(3)
「5ページ」-「2×6=12」-「1×3=3」で空白やり直し
-「5×3=15」-「6×1=6」で空白やり直し
-「2×2=4」-「4×1=4」で「…」記号やり直し
-「3×5=15」-「2×1=2」で空白やり直し
-「4×2=8」-「1×1=1」で空白やり直し
-「6×6=36」-「5×4=20」で「過ぎて」(4)
「3ページ」-「5×2=10」-「6×5=30」で「して」(5)

 「二〇一一年捉え様久々に過ぎてして」
 →「二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。」なにを


■九文目

 u17名義で別サイト掲載のテンミリ二次創作「虚数空間より」。同。
 「1つ」

「2ページ」-「4×5=20」-「3×5=15」で空白やり直し
-「6×2=12」-「5×3=15」で空白やり直し
-「4×5=20」-「6×3=18」で空白やり直し
-「3×3=9」-「6×3=18」で空白やり直し
-「5×2=10」-「4×3=12」で「に」助詞やり直し
-「5×4=20」-「1×6=6」で「彼女」

「彼女。」空白ぅ


■一〇文目

 u17(ういな)名義「口内炎と七面鳥」。同。
 「6つ」

「6ページ」-「5×3=15」-「6×2=12」で空白やり直し
-「2×6=12」-「4×4=16」で空白やり直し
-「2×4=8」-「5×6=30」で空白やり直し
-「2×4=8」-「4×4=16」で空白やり直し
-「2×2=4」-「6×4=24」で空白やり直し
-「4×2=8」-「6×3=18」で空白やり直し
-「5×6=30」-「3×5=15」で空白やり直し
-「4×6=24」-「2×6=12」で空白やり直し
-「1×5=5」-「6×6=36」で空白やり直し
-「2×4=8」-「2×4=8」で空白やり直し
-「5×2=10」-「5×3=15」で空白やり直し
-「5×1=5」-「1×4=4」で「血」(1)
「1ページ」-「6×6=36」-「4×4=16」で空白やり直し
-「1×5=5」-「1×5=5」で「に」助詞やり直し
-「4×6=24」-「4×4=16」で空白やり直し
-「4×1=4」-「1×2=2」で空白やり直し
-「3×2=6」-「3×2=6」で「ハーモニー」(2)
「2ページ」-「2×5=10」-「5×1=5」で空白やり直し
-「4×6=24」-「1×4=4」で空白やり直し
-「5×3=15」-「1×6=6」で空白やり直し
-「5×3=15」-「3×1=3」で空白やり直し
-「5×5=25」-「2×1=2」で空白やり直し
-「2×2=4」-「4×2=8」で「は」助詞やり直し
-「1×4=4」-「2×4=8」でやり直し
-「1×5=5」-「5×6=30」で「を」助詞やり直し
-「5×4=20」-「1×3=3」で空白やり直し
-「5×4=20」-「6×3=18」で「手」(3)
「2ページ」-「1×2=2」-「3×3=9」で「二」(4)
「1ページ」-「6×2=12」-「6×1=6」で空白やり直し
-「3×2=6」-「3×1=3」で「陣取る」(5)
「3ページ」-「2×6=12」-「6×2=12」で「です」助動詞やり直し
-「2×5=10」-「2×6=12」で「好き」(6)

 つなげて「血ハーモニー手二陣取る好き」
 書き加えて、「血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。」


■一一文目

 u17(ういな)名義「今日はブラッククリスマス」。恐るべき空白に対抗すべく、ペースト後に空白をオミットして敷き詰め。同。
 「6つ」ただし、分量が3ページ半になったため、ページ数4,5,6が出た場合はやり直す。

「6ページ」やり直し
「6ページ」やり直し
「1ページ」-「2×4=8」-「2×5=10」で「皆無」(1)
「1ページ」-「3×6=18」-「4×3=12」で「一組」(2)
「3ページ」-「3×6=18」-「4×6=24」で「―」記号やり直し
-「2×6=12」-「5×4=20」で「生き返っ(た)」(3)
「2ページ」-「1×3=3」-「6×2=12」で「ブラッククリスマス」(4)
「1ページ」-「1×3=3」-「2×4=8」で「きっと」(5)
「5ページ」やり直し
「2ページ」-「2×4=8」-「3×2=6」で「。」記号やり直し
-「4×1=4」-「4×1=4」で「飲み込ん(だ)」(6)

 「皆無一組生き返っブラッククリスマスきっと飲み込ん」
→「皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」


 とりあえず180文字程度になったので、ここで打ち切る。
 全文はこのようになる。
「離せなくても良い頃のような何か。味という思い出せない首はおかしい。辛辣なクレーターは言った。いなかった、まるでもうなかったのだ、考えなくとも。あると思うもうまで微妙なのだ。本来動かないヒトが這い出てきた。いくら氷。二〇一一年、捉え様では久々に、過ぎてしていた。彼女。血のハーモニーが、手を二等分に陣取るのが好きだ。皆無で一組も生き残ってブラッククリスマスをきっと飲み込んだ。」

 個人的にはこういう意味不明系の文章は好きなんだけども、これくらい短いからこそ読めるっていう側面もあるよねー、などと思いつつ。
 次は、この文の羅列をひとつの全体、「文章」という集合にみたてて、不自然がなくなるように推敲をする。

 と、いうところで今日はここまで。つかれたわ。


追記(2013/04/04) 商標ガイドラインの追加につき「なろう」から「小説家になろう」に修正
※「小説家になろう」は株式会社ヒナプロジェクトの登録商標です。

その2

【小説】翳の生命

 彼はテレビの音に聞こえを傾けながら、奴の様子を窺っていた。奴はまだ、動くつもりはないらしい。おとなしくしているようである。彼もじっと体勢を整え、ただテレビの放つ光や音を感受していた。
 電灯は点いていない。夜も更けた。テレビの光は、彼の眼を曖昧に刺激する。同時に壁に翳がうまれていた。翳がかたどる模様は、動物の顔のようであり、無機質な機器のようでもある。彼はふいに、棚に飾ってある模型を思い出して身震いした。彼がここに住み始めたときから置いてある、縦長の模型である。なぜ置かれていたのかは未だに謎だ。おそらく以前住んでいたヒトが残していったのだろうが、模型のその不気味な様相を感じるに、暗い翳のような不安しか現れないのだ。それでも除去しないのは、どうしても、曖昧な不安が尾を曳き、捨てる勇気も持てずにいるからだ。
 テレビの電源が切れると、翳が消失した。明暗の差異もなく、部屋は途端に真っ暗な空間となる。――そして奴が、動き出した。
 彼は急いで押入れの中に入って、身を潜めた。押入れは部屋よりも暗く感じる。実際はどちらも暗闇に違いはないだろうに、なにが違うのだろう。彼は疑問を感じない。恐怖に集中し、今夜も息苦しい時間を過ごすのだ。
 押入れの外側で、奴が動いている。なにをしているのか、彼にはまだ分からない。奴もまた、彼がここに住み始めたときから、この家に存在しているらしい。
 静かになる。彼はほっと安心した。危険は過ぎたらしい。
 と、思ったのも束の間。押入れの戸が開いた。戸の向こうに、あの模様が浮かび上がる――そして眼前には、奴が。
 彼は死んだ。フィギュアを家に並べ立てているヒトに。死んだのだ。殺虫剤によって。


‐‐あとがき‐‐
 去年の10月11月くらいに、〈世にも奇妙なショートショートコンテスト〉という企画に参加したんですが、この作品はその没作品です。このとき自分は、「小説媒体でしか表現できないものを書こう」と考えていて、結果うまれたのが「ごくさいしき」だったんですが、その前にいろいろ試してたんですね。「ごくさいしき」の文体を思いつく前には、この作品や「こいのきゅーぴっと」のような、ヒト以外の動物をヒトと思わせるという叙述トリックを考えていました。まあこの作品のとおり、残念なことになったので頓挫したわけですが。

        
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小伏史央(こぶせふみお)

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