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疑問符・感嘆符直後の空白と三点リーダについて

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 疑問符や感嘆符などの記号の後には空白を入れる。出版物でよく推奨されているという表記ルールです。最近Webではむしろ空けないルールを採用しているメディアや作者もいらっしゃいますし、今回その是非については考えませんが、自分は前者のルールを採用して執筆しています。そのほうが個人的に見やすいからです。
 しかし、記号の後に空白を入れず、詰めたほうが読みやすいという方もいらっしゃいます。また行末のぶら下げがなされにくい小説投稿サイトなどのレイアウトでは、記号の後に空白を入れると、つながっているはずの段落が二つに分割されているように見えてしまうこともあるようです。
 ではなぜ小伏は、上記の問題点を無視して、「個人的に見やすいから」という理由だけで空白を空けているのか。以下の二つの文を見比べてみてください。

A. 私は美しい? 本を捨てる。
B. 私は美しい?本を捨てる。

 どちらも1「私は自分が美しいか否かを何者かに訊き、そして本を捨てる」、2「美しいといわれているらしい本を私は捨てる」の二通りの意味にとれる悪文です。しかしこの二つの悪文の中で、より文意の区切りがわかりやすいのはどちらでしょうか。
 Bが一定間隔で文字が連なっているのに対し、Aは疑問符直後の空白によって、視覚的な区切りが施されています。これは、関連する情報のグループを視覚的にも分類分けする、デザインでいうところの「近接」の原則と似ています(Robin Williams「ノンデザイナーズ・デザインブック」)。「私は美しい?」と「本を捨てる」を空白によって要素分けしているのです。そうなることによって、視覚的に、Aの悪文は1の意味がより強まった印象に捉えることができるでしょう。文章の中に組み込まれれば、悪文として見られることもないかもしれません。

 要するに記号の直後に空けられる空白というのは、句点の役割を持っているのではないか、と思うのです。「私は美しい?。本を捨てる。」こうなるともはや完全に二文にグループ分けされます。
 微妙な差異ではありますが、この視覚的な違いから、Web環境でも空白は空けるようにしているのです。


 さて、では記号の直後に、三点リーダやダッシュが続いたらどうしますか?

A. 私は美しい? ……本を捨てる。
B. 私は美しい?……本を捨てる。

 先に言っておきますと、自分はこの場合に限り空白を空けていません。これもまた、そのほうが個人的に見やすいからです。
 記号の後に三点リーダが来た場合に、空白を空けるか否か。これはWeb以前に、紙の出版物の時点で違いが見受けられました。空白を空けている書籍もあれば、空けていない書籍もあるのです。
 空白を空けていない小説作品として、安倍公房の「砂の女」を挙げてみましょう。少し引用します。
ちょっと、不真面目な印象をあたえすぎるんじゃないですか?……そうでしょうか?……いくら強烈な体験であっても、(中略)せっかくの体験が泣いてしまいますよ……畜生!……なんです?……どこかで下水の掃除をやっているのかな? それとも、廊下にまいた消毒液と、先生の口から出るにんにくの分解物とが
-安倍公房 1981, 『砂の女』, 新潮文庫, p.107
 ご覧のとおり、疑問符・感嘆符の後に来た三点リーダは、そのままつなげて書かれています。後ろに「それとも」が続いている部分の場合では、疑問符の後に空白が入っていますから、無造作に空白を詰めていたわけでないこともおわかりになると思います。
 この作品の特徴として、疑問符・感嘆符+三点リーダの記述が多く見受けられる点があげられますが、ではもしこの文章がすべて記号の後に空白を入れていたとしたらどう見えるでしょう。
 引用ですので実際に空白を書き加えて見比べることは控えますが、テキストファイルなり開いて試してみられるのも良いと思います。結論から言うと、疑問符・感嘆符+三点リーダの記述が多ければ多いほど、そしてその頻度が高ければ高いほど、空白が入ると読みにくくなります。
 先ほど「近接」の原則を話に出しましたが、前述の「私は美しい~」の比較とは逆に、こちらはグループが分割されすぎるがために、読みにくくなるのです。上記の引用文の疑問符・感嘆符をすべて句点に置き換えてみてください。いちいち文の始まりに三点リーダが入るくどい文章になったことかと思います。ではそこから句点を省いてみてください。文意も見た目もおかしくはなりませんし、むしろすっきりしたとは思いませんか? 先ほども述べましたようにこの空白とは句点の役割といえるのですから、以下のような違いになっているのです。

A. 私は美しい。……本を捨てる。
B. 私は美しい……本を捨てる。

 個人の印象といわれればそれまでかもしれませんし、ことに三点リーダやダッシュを使用する際は、その直前直後の句読点はあってもなくても問題ありません。しかし上記のような違いがあるのではないのかと個人的には考えており、そのために「個人的に見やすい」空白なしのほうをこの場合採用しています。


 私事ですが、数年前某所に拙作を掲載していただいたとき、本文の校正をしていただいたことがあります。その際誤字や誤用などを修正していただいたのですが、疑問符の後空白をいれずに三点リーダを続けていたところに、空白を入れられて公開されてしまい、少し悔しい思いをしました。些細な点ですし、校正が入ることには事前に同意していましたので、文句は言えないのですが、こういう微細な点にも作者の意図が含められていることがあるということは、理解してもらいたいものです。
 自由なアマチュア作家だから言えることなのかもしれませんけどね。
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小伏史央(こぶせふみお)

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