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音楽小説について

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 さてさてやってきました創作論エッセイのコーナーです。違うなこんなテンションではなかったはず。久々に書くから勝手を忘れてしまった。
 まあそのためのブログでの草稿連載なのですけどね。

 今回は、「音楽小説」について。
 音楽小説ってなんぞや? 簡単にいえば音楽小説とは、「文字による音楽」です。だから音楽小説というより、並び替えて小説音楽といったほうが語義としては近いかもしれません。音楽小説とはその名の通り、音楽(インスト)のような小説のことなのです。

 枠組みを詳しく見ていきましょう。文章で音楽を作るということはつまり、ラップのようにリズミカルにストーリーを語ることなのか。それも音楽小説に含むでしょうが、ここではあまり、そういう意味は含みません。なぜなら「ストーリー」は必要ないからです。
 なにかインストを思い浮かべてみてください。きっとそのインストには、物語があります。しかしそれは、筋の通ったストーリーではありません。おのおの聴き手(≒読者)が、自身のなかで再構築する物語です。物語がなくても問題ありません。音楽を聴いているときの、あの明言しにくい抽象的な感覚、ぴかりと受け手のなかで光るインスピレーション。それを言葉によって引き出すのが、音楽小説なのです。

 難しい言い方になってしまいましたね。まあ簡単に言って、インストのような小説、ということです。
 ではこの音楽小説は、どのようにすれば書くことができるのでしょう? 音楽にしかできないあの抽象的な感動を、小説で再現することができるのでしょうか。

 まず共通していえることは、ある程度は、「言葉」からその「意味」を排さないといけないということです。「りんご」という言葉を出すとき、ここからあの赤い果実のイメージを払拭させて、ただ「りんご」という言葉の殻だけを残す。りんごの形、味、象徴しているものなどを排他して、ただの「りんご」を残す。あくまでこれは一例ですが、ある程度はこの作業が必要になってくるのが音楽小説です。

 方法はまだ模索中ですが、いくつか簡単に紹介いたします。
 まず一つ目。「なにも考えずに書く」。
 どうしても文章は言葉を必要とするものですので、文章を書こうとすると文章の意味を考えてしまいがちです。それをやめにして、なにも考えずに、ただペンを走らせる、キーを打つ。ただしこれはシュルレアリスムの自動記述とは異なります。自動記述の説明を入れると無駄に長くなるので省きますが、音楽小説での「なにも考えない」とは、言葉の意味を考えないという意味であって、ほかに考える必要のあるものがあります。それはリズムです。言葉の意味は考えなくていいけど、言葉のリズムを考える。
 要するにメロディーを作る作業です。このとき考えるべきなのは「りんご」が赤いとか甘いとかそういうことではなくて、「りんご」という3音がその文章のリズムに合っているかどうかということ。自動記述とは違い、そういう言葉(=音符)のつながりを「意図的に」執筆していく。

 二つ目。これはある方からの受け売りです。「実際にインストを聴いてそれを自分なりに文章に興す」
 そのままですね。これが一番やりやすいかもしれません。実際になにか、インストを聴きながら、そのときに感じる抽象的なものを、感じるままに文字におこしてみる。著作権は気にする必要はありません。それは盗作やアイディアの流用ではなく、インスピレーションを受けて新しいものを書いているにすぎませんから。むしろ著作権違反になったら面白いかも。この小説はわたしのインストを盗作しています!なんだか想像が広がります。
 ただし歌詞のある音楽を使用してはいけません。歌詞には言葉の意味がありますから、筋のあるストーリーが既に作られています。それを文字におこすというのは、他人の小説を自分で書き直しているにすぎない。意識せず歌詞をそのまま書いてしまうこともありますからね。そしたらあな恐ろしや。

 三つ目。「言葉の組み合わせをおかしくする」。
 これは逆に、言葉の意味を意識しながら文章を書く方法です。「りんご」は赤いし、果汁たっぷりだし、ときに作品によっては智恵を象徴したりします。聖書にはりんごだなんて一言も書いてませんけどね。それら言葉の意味を、きちんと意識したうえで、そのつながりをおかしくする。あべこべにしちゃう。
 それはきっととても難しい作業になるでしょうが、最終的に出来上がった文章は言葉の意味のつながりが不規則になって、言葉の意味を意識して書いただけに、言葉の意味が崩壊した文章ができあがる。そしてその抽象的な印象は、音楽を聴いているときのあの印象に近づけていることでしょう。


 書き方紹介は以上です。これはまだまだ模索中ですし、自分も練習中ですので、まだまだ方法はいろいろあると思います。

 音楽小説。これ実際に書いてみるとわかりますが、すっげえ面白いんです。まあ人によるでしょうけどね。音楽が好きな方は楽しめるんじゃなかろうか。
 しかしここで問題があります。作者としてはめちゃくちゃ面白いけど、読者にとってはどうなのよ、と。
 ストーリーがないのですから、当然読者を楽しませるのは困難です。ストーリーのない物語を楽しませるには、どうすればいいか。ひとつだけ例を挙げるなら、「最後の一文だけはストーリーを含ませる」というのがあります。初志貫徹できてないじゃないの、と言われそうですが、最後の一文で綺麗に締めくくって、余韻を生み出すことで、完成度は一気に高まるのですよね。最後良ければすべて良し、というわけではありませんが、物語に形の見えないメリハリが生まれます。現在見つかっている手法のひとつです。
 読者を楽しませる。新しいことをしようとすればするほど、これは実に難しい問題として現れてきます。いかにして楽しませるか、いかにして「面白い」音楽小説を作り上げるか。この問題も同時に考えていかなければ、所詮音楽小説は音楽の二番煎じにしかなりません。まあ個人的には、それでもいいとは思うのですけどね。さらに上を目指すには、「新しさ」と「面白さ」は切っても切れない関係にあるのかもしれません。

 というところで、今日はここまで。
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小伏史央(こぶせふみお)

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