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不安になる文章:「は」と「が」の使い分けについて

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「象は鼻が長い」というフレーズ、聞いたことのある方もいらっしゃると思います。言語学者、三上章が、日本語の主語について論じられたときに使われた例文のひとつです。書籍のタイトルにもなっていますね。
 さて突然ですが、「象は鼻が長い」この文の主語はどこだと思いますか。「象は」「鼻が」の二つがあることに気付くと思います。英語と異なり、日本語は一文に主語が二つ以上あることが可能なのです。
 しかし、これらは本当に主語だと言えるでしょうか?

 副助詞である「は」は、必ずしも主語を表す助詞ではありません。「水は飲まない。酒は飲む」というフレーズがあったとして(この飲んだくれメ!)「水は」「酒は」は主語というよりも、目的語ですね。「私は水は飲まない」「私は酒は飲む」とすればより目的語らしく映ると思います。この飲んだくれめ。他にも、「バイトは行く」というフレーズがあれば、学校には行かないけどバイトには行くという学生の台詞が浮かび上がると思います。以上のように「は」は「を」「に」などの代わりとして使うことができるのです。
 それだけでなく、「は」は名詞以外にもつながることができるという性質を持っています。格助詞「が」が名詞にだけ付くのに対し、「は」は「バイトには行く」「悪くはない」「はっきりとは言えない」のように、あらゆる品詞の単語に付くことができます。従って「が」と比べて、主語であると見做せる頻度もそれだけ低くなるのです。というか言ってしまえば「は」は主語を表すものではないのです。
 さらに掘り下げてみれば、例えば「私はとんこつラーメン」という台詞があったとしましょう。ラーメン屋で注文するときに言いそうなフレーズですね。これは決して「私=とんこつラーメン」という意味ではなく、「私はとんこつラーメンを注文する」という意思表示の意味であることは、ご理解いただけると思います。この例の場合は、「は」の代わりに「が」を使って、「私がとんこつラーメン」と(注文時というよりラーメンが来たときの状況とかで)言うこともできますが、ここで使われている「は」もやはり、主語ではなく他の何かであることが窺えるでしょう。では「他の何か」とは何か。

 先に言ってしまえば、三上章はそれを〈題目〉なのだと言っています。
 再び「象は鼻が長い」を見てみましょう。
「は」を〈題目〉の役割として見ると、次のように文を分解できるのではないでしょうか。
   「象は」→題目(トピックの提示)
   「鼻が長い」→題目に対するコメント
 つまりここの「は」というものは主語ではなく、「~といえば」「~と来たら」「~に関して言えば」という、テクストのトピックのような役割なのではないか、というのです。

 この〈題目〉は、「は」を用いた単純な文でも適用させることができます。次のような文があったとしましょう。
a. 姉が料理をしている。
b. 姉は料理をしている。
 どちらも同じような文に見えますが、主格の「が」を使った単純な文であるaに対し、bは「姉に関して言えば」というトピックに対して、「料理をしている」とコメントをするという文意の流れが見られるのです。言い換えれば、bは「姉→料理をしている」と文意の中に矢印が見られるのに対し、aは「姉が料理をしている」という一文全体を一塊として捉えることができるのです。
 より文を長くすれば、その違いも分かりやすくなると思います。
a. 姉が料理をしているとき、私は昼寝をしていた。
b. 姉は料理をしているとき、私は昼寝をしていた。
 いかがでしょう。bが不自然な文になっているようには思いませんか。aが“「姉が料理をしている」とき、私は昼寝をしていた”というように、前半部が一塊になっているのに対し、bは「姉に関していえば料理をしているとき、私は昼寝をしていた」というように、「姉は」が私の部分にまで侵食してこようとしているのが窺えます。「は」が〈題目〉の役割を果たしているがために、従属節であることを無視して「姉は」が最後までかかろうとしてしまうのです。トピックなのですから、文の最後までを支配してしまうのですね。


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 大まかな「は」と「が」の違いは以上です。より詳しい説明は書籍などを読んでいただくとして、それでは以上のことを踏まえて、本題に入ります。腐っても創作論エッセイ、この違いを創作に活かさない手はありません。
「は」は〈題目〉であり、「~といえば」のように言い換えをすることが可能。この意識だけ持っていれば、校正のとき役立つことがあります。人によりますが、自分のようにたいてい初稿はとにかく書き殴るタイプの人は、一旦書きあがるまで振り返ることをしませんから、不自然な日本語を知らず知らずのままに書いていることがあります。また、分量が膨大になっていくとそれだけ文章の違和感は緩和されてしまうものですから、気づきにくくなる場合もあるでしょう。それらを論理的に見つけ出し、校正するうえでは、〈題目〉の考え方は役に立つものだと思います。

 と、それだけでなく(ここから先が一番言いたかった)、原則を知っていれば、それを崩すこともまた容易になります。従属節の主語に「は」を使うことが、〈題目〉として不自然であるのなら、あえてそのように書けば、あら簡単。不自然な文が出来上がっている。
a. 姉が料理をしているとき、私は昼寝をしていた。夢を見た。ピーマンに食べられそうになる夢だ。ピーマンは短気な奴が多い。昨日出たピーマンの肉詰め。ピーマンの部分があまりに苦いから、私は肉だけ食べたのだった。だからピーマンの奴ら、私に復讐しに来たんだ。
 この文章の、〈題目〉として使われている「は」を「が」に、従属節の「が」を「は」に変えてみます。
b. 姉は料理をしているとき、私は昼寝をしていた。夢を見た。ピーマンに食べられそうになる夢だ。ピーマンが短気な奴が多い。昨日出たピーマンの肉詰め。ピーマンの部分はあまりに苦いから、私は肉だけ食べたのだった。だからピーマンの奴ら、私に復讐しに来たんだ。
 個人差はあるでしょうが、読んでいて不安になったと思います。特に「ピーマンが短気な奴が多い」には我ながらぞわぞわきます。

 以上のように、「は」と「が」は似ているようでいて大きな違いを持っています。その違いを知り、あえてその逆を行くだけで、ある種機械的な要領で巧みな文章表現を演出することができる。
 ということで、「不安になる文章」を書くテクニックのひとつでした。
 ではまた。
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小伏史央(こぶせふみお)

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